喧騒があたりを埋め尽くしていた。
街中の一軒家の地下は大人数が入るには手狭であった。
とはいえ少し掘り広げてあるので七、八十人程度は入れる。
演説するためであろうか、奥が一段高くなっており、その脇にはちょうど舞台の袖に通じるかのように扉がある。
特徴など何もないただの地下室だった。
その空間にひしめき合う人々は、車座になり、あるいは向かい合い、互いに議論を交わしている。
話の内容を聞くに、国を憂えるものたちの集団らしい。
実際、ここは今の王政に不満を持つものや公国そのものへの改革を求める者たちの組織の集会所のひとつであった。
国民の解放を合言葉に、日々賛同者を増やしている。
当然それに伴い弾圧も日々強まっている。ここもいつ摘発されるかわからない。
それでも彼らは徐々に仲間を増やし、力をつけていた。この部屋の熱気がそれを物語っている。
熱気の原因である人々は、議論の傍ら時折奥の扉をちらりと見る。
そこから現れる者による演説を待っているのだ。
しかし誰かがそこから現れる気配はない。
「キルゼ、どうしたの?行かないの?」
傍らの人物に問われ、キルゼは頭を掻いた。
目の前の扉は演説台につながっている。扉の向こうからは白熱する議論が聞こえてきていた。
「いや、そろそろ行こうかと思ってたんだが…」
うーんと唸り、隣の少女を見る。
「セシル、今日はお前が話してみないか?」
「ちょっと、リーダーが演説しないでどうするのよ。
私が行ったって、結局最後はあなたが出て行かなくちゃいけないことには変わりないのよ?」
「まぁ、そうなんだろうけどな…」
再び頭をかく。
彼はこの解放組織のリーダーである。
この解放組織をここまで大きくしたのは彼のおかげであると皆に言わしめるリーダーは、強面の偉丈夫である。
刈り上げられた黒い髪とその体格で相手に威圧感を与えるが、その黒い瞳は優しい。
「セシル、お前は今や皆が認めるリーダー格の一人だ。行って歓迎されないはずがない」
そう言い切る言葉には自信があった。
彼は知っていたからだ。
この組織に参加している期間こそ短いが、その短い間に彼女はずいぶん多くの賛同者を得た。
その性格と頭の良さ、主張の明快さと正当さはキルゼが瞠目するほどである。
あっという間に組織の幹部クラスになったのも頷づける。
ただ、ひとつ気になるのはその素性だった。
確かにさまざまな事情で過去を語りたがらない者は多い。このような組織ではなおのことだ。
そういうものは詮索しないに限るというのは世間の暗黙の了解だと知っているし今まではそうしてきた。
が、彼女のような少女の素性が不明というのはあまり聞かない話だ。
今までとても苦労してきましたといった感じもない、暗い過去を全く感じさせない明るさは眩しいが訝しい。
「なぁセシル」
「何?」
セシルがこちらを見る。
「お前は…」
言いかけた瞬間、背筋に悪寒が走る。
咄嗟に目を戻した扉を叫び声が貫いた。
トゥキアは読んでいた本から目を離した。
何があったというわけでもないのに一瞬心臓が跳ね上がったような気がしたのだ。
(何だ?)
気のせいかとも思ったがどうしても気になる。
本の続きなど読む気がしなくなり、傍にある窓を開ける。
窓から見えるあたりは夜の闇が支配し、灯りといえば手元の燭台の炎が手元を照らしているのみである。
この辺りは王族のための敷地なので夜会等ないかぎり滅多に人は来ないが、
しかし街のほうでは仕事を終えた大勢の人々がくつろぐ華やかな時間である。
同じ場内でも少し歩けばば警備のため塀の周りや門などに煌々と灯りが灯されているのであろうが、ここからは見えない。
(姉上…)
なぜか姉の事が思い出された。
(くそっ、またか…)
数日前に姉と会ったときに感じた不安感。それが再度襲ってくる。
それも耐え切れぬほどに大きくなって。
「明日の姉上の予定を調べてくれ」
鳴らした呼び鈴に応えて現われた執事にそう告げ、窓を閉めてから寝台に横になる。
眠れるわけではないが、本の続きを読む気にもなれない。
天井を見つめる。どうにかなるものなのかはわからないが、とにかく会いに行ってみようと思った。
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