アルドは目を開けた。考え事をしている間にいつの間にか閉じてしまっていたらしい。

       特に何かを見ようとするわけでなく視線を巡らす。

       その視線が砦の外塀で止まる。

       そこには穴が開いている。彼らの幼馴染はよくそこを通り抜けこっそりと彼らに会いに来た。

       高貴な身分のくせに全くそれに頓着しないどころか、普通の人でもやらないようなことまでする。

       毎回毎回、無茶をするなと叱っていた覚えがあるが全く聞こうとしなかった。

       そこに穴があることを知ってなお埋めようとしない彼らも彼らだが。

       しかしその無茶もここに極まったな、と思わず苦笑する。

       数日前、彼ら ーというか彼女だがー は組織に協力してくれるよう頼みに来たと言った。

       しかし交渉は始まりさえしなかった。

       当たり前だ、国家に仕える騎士団が反乱組織に加担できるわけがない。彼らがどう名乗ろうと反乱組織は反乱組織だ。

       彼女には会わなかったことにする、これが最大限の譲歩だった。

       わかったわと言って二人は帰っていったが、あの目は諦めていない。きっとまた来るだろう。

       その時は何とかして組織から抜けてもらわなければならない。彼女のために。

       国のためというほど国や公王に何か思い入れがあるわけではない。

       恐らくサイラスもそうだ。自分達には自分達の大切なものがある。

       アルドが忠誠を誓うのはそのサイラスだけだ。かつては共に遊んだ友人だったが、副団長になってからは敬語で通している。

       幼馴染なのだから敬語はやめてくれと何度も言われたし、お前は地位などに惑わされるのかと叱り付けられたこともある。

       が、彼が騎士団長で自分がその部下だからそうしているのではない。

       彼が彼の団長を大切に思うからこその言葉遣いなのだ。しかし未だにわかってくれない。

       セシリアも同じだ。公女だという特別な目で見たことはない。

       何と言っても三人泥だらけになって遊んだ仲である。今更無理だ。

       その彼女の力になってやりたいのは山々だが、いかんせん問題が問題だ。

       今まで気にもしていなかった立場や身分が邪魔をする。

       「失礼します。アルド様、お休みでしょうか?」

       扉がノックされ自分を呼ぶ声が聞こえる。

       極秘で部屋に来るようにとの王の命令だった。

       サイラスに言ってからいこうかと思ったが、眠っているのをわざわざ起こすのは気が引ける。

       帰って報告だけすればいいかとひとつ頷き、彼は部屋を後にした。





       サイラスが目を覚ましたのはもう陽が沈もうかという頃だった。

       寝ている間に王はきっと宴会をしたいと言い出し、そしてアルドが手際よく用意をしていてくれているだろう。

       毎年のことなのでサイラスが寝ていても滞りなく進んでいるはずだ。

       しかしそれにしては静かだ。

       事前に用意できないような物を際限なく言い連ねる王とお付きのバカどものために

       皆が砦中駆け回る羽目になるのが常だと言うのに。

       それとももう用意は終わったのだろうか。

       部屋の外に立つ騎士にアルドを呼んでもらう。命じられた騎士はしばらくして戻ってくるとアルドの不在を告げた。

       どこに行ったかはわからないと言う。

       珍しいことだった。彼はどこへ行くか必ず言い置いていくのが常で、彼の部屋の前に立つ騎士に最初に言ったところを聞けば

       あとは芋づる式に辿っていけば探し出せるものだった。

       しかし今回は最初に告げていった所にすら顔を出していないと言う。

       先程の騎士に引き続き探すように指示し部屋を出る。

       アルドの行方は気になるが、とりあえず宴会の方がどうなっているか確認せねばならない。

       厨房に行く。騎士たちの夕飯を作り始めていた料理長は宴会用の食事など頼まれていないと言った。

       毎年用意することはわかっていたので不審には思ったようだが指示がないのだから今年はやらないのだろうと思ったらしい。

       王の部屋の様子を見に行けば何かわかるかもしれないが、下手に聞くとじゃあ宴会をという羽目になりかねない。

       うまいこと覗くには…

       考えながら歩いていたその足がふと止まる。

       少し先の廊下の隅に何かが落ちていた。これが目に留まったようだ。

       それは皮のベルトだった。剣帯の役目をしているものだ。

       「これは…」

       それは見覚えのあるものだった。彼と彼の幼馴染が叙勲された時、揃いであつらえた物だった。

       思わず奥歯を噛み締める。こんなもの普通にしていて落とすはずがない。少なくとも剣を離さなくては。

       しかし彼らは騎士だ。そんなことはありえない。

       争った形跡はないから無理やりではなさそうだし、そもそも彼に勝てる人間など自分しかいない。

       つまりこの砦の中で命令を受けて自分ではずしたことになる。そんなことができるのは…

       サイラスは王の部屋へ走り出した。





       そのころ、外壁の穴を潜り抜ける人影があった。言うまでもなくセシルである。

       彼女と砦の二人以外この穴の存在を知るものはいない。

       きちんと草木で隠されているその穴は、それと知った上で見てもわからない。

       その草木を掻き分けて侵入する。

       この時間、この辺りに巡回が来ないことは調査済み、というよりあの頃から変わっていない。

       よしんば見られたとしても今のセシルは従者の格好をしているのでそう疑われることもないはずだ。

       騎士団にはまだ声変わり前の少年従者もたくさんいる。

       子供のころから下積みを重ね、将来は厨房方を始めとした砦の裏方になるもの、騎士見習いになるものなど色々だが、

       重要な騎士団の担い手となる。

       よって万が一誰何されたとしても答える声ではばれないはずだった。

       開き直って堂々と進む。

       もう一度、今度は三人で話をしなければならなかった。

       いきなりキルゼを会わせたのは失敗だったと思う。

       彼らの騎士の心や責任感を軽く見ていたわけではないが、そうだと言われても否定できない。

       しかしセシルは嬉しかった。幼馴染達が変わっていないことが、だ。

       あの時話を聞いてくれ、仲間になってくれればそれはそれで嬉しかっただろう。

       しかし断られた今となっては、その程度で自らの責任を放り出すような人に仲間になってもらっても嬉しくないと思う。

       彼らにそんな人間に成り下がってもらいたくはなかった。我ながら現金だとは思うが。

       勝手口から砦の中へ入る。出入りの商人たちが品物を置きに来るそこは倉庫のようになっている。

       しばらく使われなさそうな兵糧の影に身を隠し、もう少し暗くなるまで待つことにする。

       侵入は少し暗くなって見にくいが、まだ見張りの少なめな夕方に、会いに行くのは身を隠せる夜に、が彼女の基本である。

       毎回そうやって会いに行っていたのだ。勝手知ったるなんとやら、である。

       座り込む。もちろん周囲への警戒は怠らない。

       そうやって辺りが暗くなるまで待ち、外に出る。巡回の兵が通り過ぎるのを待って、セシルは友の下へ走り出した。

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