「私に考えがあるの」

       テーブルを囲む仲間達を見渡してセシルは立ち上がった。

       森の奥深くにある山小屋の一室に大きめのテーブルを置いただけの簡素な部屋。そこに全部で五人がいた。

       少し手狭だがきついというほどではないその部屋は組織の会議室のようなものだった。

       あの脱出劇から三ヶ月余り経った。この隠れ家もだいぶ住みやすく改良されてきている。

       最初は住む家すら足りなかったのが、今や多くの丸太小屋が建ち、このような会議室までできた。

       散り散りになった人々も合流し始め、大所帯になりつつある。

       それに伴って問題となってきたのが、見つからないように隠れ続けることの困難さである。

       組織に賛同するものが多いことはいい。しかし数が多くなれば自然とその存在は公になり、脅威となる。

       このままでは見つかるのは時間の問題だ。以前のように追われる羽目になる。

       彼らを守れる力が必要だった。

       しかし今の彼らにはその力はない。

       隣に座るキルゼに発言の許可をもらい、続ける。

       「私の知り合いが騎士団にいるの。話せばきっとわかってくれるわ」

       「騎士団?何言ってんだセシル」

       向かいに座っていた男が声を上げる。

       「騎士団なんて体制側もいいとこじゃないか、無理無理。それどころかとっ捕まっちまう」

       その隣の男も賛同する。

       「スキャット、ラスティー、お前達の意見はもっともだ。どうなんだセシル」

       キルゼが間に入る。スキャットと呼ばれた男が聞いた。

       「そもそもその知り合いって何だ?騎士団員と知り合いのヤツなんて滅多にいねーぞ。少なくともオレの情報網の中にはいない」

       「お前の情報網なんてクソみたいなもんじゃないか。威張るなよ」

       ラスティーが切り返す。

       猫みたいな身のこなしが売りのスキャットは元は街の情報屋だった。

       それゆえに公国の実情を知りすぎてしまったのだろうか、彼は組織設立時からのメンバーだった。

       どこからか仕入れてくる情報は、手入れの日時という重要なものから隣村の美女が村長の妾になったなどという

       どうでもいいものまで様々だが恐ろしく正確だ。

       ラスティーは元は公族御用達の商家の番頭だったが、

       自分の商いで貧富の差が生まれることに抵抗を感じ組織への道を選んだという。

       組織内の連絡、資材や資金の調達は彼の担当だ。

       二人ともバラバラになってしまった組織の人々がこの地で合流できるよう働いている。

       「彼らならとは思うけど…そうよね…やっぱり危険よね…」

       たぶんや恐らくで組織の命運はかけられない。

       仕方ないと諦める。彼らならとてつもなく強力な戦力になってくれると思うが、確かにしばらく会っていない。

       その間に変わってしまっているかもしれないし、

       あるいはスキャットとラスティーが言うように体制側の立場が邪魔をするかもしれない。

       「その騎士に会う手はずはつけられるか?」

       その声に三人は驚いて声の主を見た。

       「俺が行こう」

       キルゼは静かに言って皆の返事を待った。しかし皆展開についていけない。

       「いや、キルゼ、だってよ…」

       よほどびっくりしたのかスキャットがどもる。ラスティーも同様にしてキルゼの説得にかかる。

       まず何よりリーダーたる彼をそんな危険なところに行かせるわけにはいかない。

       なぜこんなことを言い出したのか。わけがわからなかった。

       しかしキルゼは彼らの説得には応じなかった。鋭い眼でセシルを見る。

       「どうなんだ?」

       「え、だ、大丈夫だと思う。いつもこっそり会っていたから。今回も同じ方法を使うわ。でもキルゼ、何もあなたがくる必要は…」

       「ないのか?」

       本当は来てもらった方がいい。

       彼らを仲間にするには自分に対する信用ではなく組織に対する信用を得なければいけないからだ。

       それにはリーダーと話してもらうのが一番だ。

       しかしそこまで自分を信用されても困る。他の二人の警戒が真っ当な反応であり、それは組織を率いるものの慎重さに繋がる。

       彼らのリーダーはそんな慎重さを充分持った人間だと思っていたのに。

       「俺にも考えがある。確かめたいこともな…」

       「確かめたいこと?」

       「ああ。ライア、ということだ、しばらく留守にする。後は任せた」

       部屋の隅に眼をやり、言って立ち上がる。

       そこには人がもう一人いた。今まで全く発言していなかったのだが誰も気に留めていなかった。

       いつものことだからだ。

       細身の青年はキルゼを見ることなくうなづく。

       「ラジャー、だそうだよ。ったくライア、ちょっとくらい喋ってくれよな」

       スキャットがぼやく。

       彼はいつもそうだった。ほとんど話さないから仕方なく長い付き合いのスキャットが通訳をするはめになる。

       しかし恐ろしく腕は立つし判断は的確だ。苦労するのはスキャットだけなので皆はあまり気にしていない。

       「…気をつけて…」

       めずらしく声を発したライアを背にキルゼは小屋を出る。後をセシルが追った。

       「キルゼ」

       「いつ会えるんだ」

       呼びかけるセシルの言葉にかぶせるように問う。

       「まず連絡を取らないと。今の時期は演習もないから今日出せば明後日くらいには返事が来るはずよ」

       「会えるのは五日後くらいってとこか。頼んだぞ」

       去ろうとするキルゼにセシルが追いすがる。

       「なぜ?」

       「なぜって、そいつらは信用できる上に騎士団の戦力を動かせる人間なんだろう?」

       「でも、上手くいくとは限らないのよ?」

       「お前ならできるんだろ?」

       妙に強い口調で言い、踵を返す。

       その後姿は、何らかの確信を得ているように見えた。

       様子がおかしい。セシルは眉を寄せた。

       何か考えがあるのはわかる。それにしても自分を見る目が少し変だ。何かこう心の奥を見透かそうとするかのような…

       とはいえここで考えていても始まらない。今日中に手紙を出してしまわなくては。

       久しく見ぬ友を懐かしく思い出す。

       公女セシリアには幼馴染が二人いた。セシリア自身の乳母の子とトゥキアの乳母の子である。

       二人ともセシリアよりすこし年上だ。

       三人で城中を遊びまわり、悪戯をしてよく叱られたものだった。

       そんな彼らも今ではランディス騎士団の団長と副団長である。異例の若さでの抜擢だった。

       騎士団に入ってからの彼らとは自由に会えなくなっていたが、セシリアが砦に忍び込んでこっそりと会っていた。

       今考えても危ないまねをしていたものだが、そのことはまだ誰にもばれていないはずだ。

       早速手紙をしたためる。返信先はここではなく、近くの村にしてもらおう。さすがに直接居場所を教えるのは危険すぎる。

       近くの子供に頼み、飛脚のところへ走ってもらう。

       これで明日には届くはずだ。彼らのいるグラナ砦はここからさほど遠くないところにある。

       「おばさんに頼んでおかなきゃ」

       手紙が届くはずの組織の協力者の家に、手紙が来たら知らせてもらうよう言わねばならない。

       気分転換にもちょうどいいので今から行くことにした。

       のんびり歩く。あたりの景色を眺めつつ時間をかけて村へとたどり着く。当然だが尾行されていないかは確認済みだ。

       村に着いて手紙のことを頼み、帰路につく。

       ただ帰るのももったいないので別の道を通って帰ろうと小道に入った。

       そこは考え事に向いた散策路に見えた。

       いつの間にか芽吹いた新緑がそよそよと揺れ、時折吹き抜ける風がそれを散らしていく。

       あれはどういう意味だったのだろうか。セシルは考え込む。

       確かめたいこと、とキルゼは言っていた。

       騎士団に行くことで何が確かめられるのだろうか。

       自分が確実に騎士団を味方につけられるとなぜ信じられるのかも気になる。

       しばらく歩いて立ち止まる。恐らく考えても答えは出ないだろう。

       かといって彼に聞いたところで教えてくれるかどうかもわからない。いや、教えてくれないに違いない。

       ならば自分は自分のやるべきことをするだけだ。

       そう結論付ける。

       瞬間、気配がした。

       人がいる。

       俯いていた顔を跳ね上げるようにして前を向く。

       顔をあげた瞬間向こうもこちらに気付いたようだった。

       二人して立ち尽くす。

       二人の間を風が吹き抜けていった。



       気になる噂があった。

       公女セシリアが行方不明になったというものだ。

       公には出ていないその話は例によってスキャットが持ってきたものである。

       彼は王家には付き物のスキャンダルの一つとして話しただけだったが、キルゼはそれをただのゴシップとは考えなかった。

       彼はずっと気になっていた。

       あの日、なぜ彼を追う兵が消えたのか。

       彼を追ってこなかった以上突破できなかっただろうあの囲みを彼女はどうやって抜けてきたのか。

       あの状況で自分を追ってこないことなど考えられないし、近衛兵が仕事半ばにして命令なしに引くなどありえない。

       よしんば囲みを突破したところであれほど無傷ではいられない。自分ですらたぶん無理だ。

       消えた公女セシリア。そして集会の時、どこからともなく現われてはいつの間にかいなくなっていた素性不明のセシル。

       まさか、という思いがあった。

       王家が王家を倒す組織に加担するなんてそんな馬鹿なことがあるわけがない。

       あるとすれば…

       そこまで考えてキルゼは大きく息をついた。

       部屋のベッドに座り窓の外を見るがまぶしくてすぐに目を逸らしてしまう。溜息が出る。

       仲間を疑うことはしたくなかった。

       確かめるしかない。今回はその良い機会であると思われた。





       「こ、こんにちは」

       我ながら間抜けな顔をしている。

       こんなところに人がいるなんて思わなかったからびっくりしたのだ。

       こちらからは大体十歩ほど離れている。

       しかし声をかけたのにもかかわらず相手は何も言わない。

       長い銀髪の、セシルよりやや年上に見える青年だった。

       青年がこちらを見る。やはり何も言わない。セシルも沈黙する。

       先程は普通に出てきた言葉が今は出そうと思っても出ない。

       原因は彼の目だった。

       紺色のその目は何か見るものを拒むような深さがあった。その目を見るだけで彼の邪魔をしているような気がしてくる。

       これ以上話しかけるなといわれているような気がした。

       再び風が吹き抜ける。その強い風に一瞬目をつぶってしまう。

       目を開けると青年の後姿が見えた。戸惑っている間にどんどん遠ざかっていってしまう。

       青年が角を曲がり、その姿が消えたところで我に返る。急いで追いかけ、セシルも角を曲がる。

       が、青年の姿はどこにもなかった。

       あたりを探してみたが見つからない。

       諦めてもと来た道をとぼとぼと戻る。

       なぜだかとても寂しかった。

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