足が縺れ転びそうになるのを必死で堪え、セシルは必死で足を動かし、よろめきながらも走り出した。
少しでもここから離れたかった。
気付くと部屋の真ん中に座り込み震えていた。
灯り無しに屋敷までどうやって戻ったのか、召使い達を何と言ってやり過ごし、部屋に入ったのか、全く覚えていない。
深呼吸をして落ち着きを取り戻そうとする。成功したとはいえないが思考能力が少し戻ってきた。
ここにはもういられない。
彼らと同じにはなりたくなかった。
国を統治すべき義務を負う者が民を虐げ、他国侵略と言う禁忌を犯そうとしている。
止めねばならない、他のことなど何も考えられないほど、脅迫観念めいた考えが頭の中を占める。
迷うことなく荷造りを始める。
見つかったら最後、二度と外には出られないだろう。いや、最悪幽閉されることもありうる。
召使い達に気付かれないように、予め用意してあった鞄を隠し場所から出してくる。
いつも城下に出る時に持っていっていたものだ。それに更に備蓄してあった食料を詰める。
同じ所から縄梯子を取り出し窓にかける。これもいつも使っていたものだった。
梯子をつたって屋敷を抜け出す。
鞄の持ち手を肩にかけ背負い、手には愛用の剣を持ち、セシルは夜の闇に紛れ走り出した。
目指すは裏の山。ここを超えれば見つからずにこの城を、街を、出ることができる…
そして今彼女は藪の中にいる。
険しい山を数日がかりで越え、山を越えてからは、合流地であるこの森に辿り着くことだけを考えて走りに走った。
まだ見えないが、この先に彼女の仲間が待っているはずだ。
木々を見上げ、もう一度自らに問い返す。
今ならまだ戻れる。もっと違うやり方があるのではないか。
いや、ない。と否定する。
どんな場合を考えてみてもどこかに無理が生じた。
自分にはこの道しかない。
心はすでに決まっていた。
たとえそれが父や兄と闘う道であろうとも…
「トゥキア…」
ただ、残してきた異母弟のことだけが気がかりだった。
何も言わずにいなくなった姉を恨むだろうか。ましてや自分達を倒すためにと知ったら…
「セシル様、こちらを真っ直ぐ行けばキルゼ様がいらっしゃいます」
ここまで案内してくれた青年が奥を指し示す。いつの間にか木々の間に小屋のようなものが見えていた。
「ありがとう」
そう言って数歩歩いたところで止まる。セシルは振り返り言った。
「私に“様”なんてつけなくっていいのよ、同志なんだから」
「ありがとうございます。でも俺はあなたを尊敬していますから、そう呼ばせてください」
嬉しそうに言う彼に、宰相との会話を思い出した。
そう、最初から与えられた地位など無意味だ。
彼の言葉がとても嬉しかった。
「わかったわ。じゃあ私もそれに恥じないように生きなくてはね」
息を吸って道の奥に向き直る。
そうして、
セシルは彼女の進むべき道へと一歩を踏み出した。
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