紅緋の闘争



       その日、グラナ砦は人でごった返していた。

       いや、砦だけではない。砦の外、堀を渡る跳ね橋の手前では人々が列を作っていた。

       「これ、どこへ持って行けばいいんだ?」

       「塔のほうに持ってってくれ!ああ、そっちのあんたのはここでいい」

       そう指示を出しているのは商人のスキャット。

       隣では若い騎士が同じように指示を出している。

       人々はそれに従い、砦と、そして砦から少し離れたところにある塔へと流れていく。



       フォルトゥーナが発足して二十日ほど経ったこの日、組織の大々的な引越しが行われていた。

       いつまでも藪の中にはいられない。

       火をかけられたら逃げ場がない、食料や武器の調達に不便、など理由は様々あったが、

       純粋に人数が多くなりすぎて住む場所が足りなくなったというのが最大の理由だった。

       騎士団はそのままグラナ砦に駐留していたからよいのだが、各地から志願してくる者達がもはや入りきらなくなっていた。

       都合の良いことに砦から歩いて三十分ほどのところに巨大な塔があるということで、そちらへの引越しと相成ったのであった。



       「にしてもでかいな」

       キルゼは口をぽかんと開けて塔を見上げた。

       隣で塔の外壁を触っていたアルドが説明する。

       「この塔は、どうやって出来たのか謎なんですよ」

       「謎?」

       聞き返すキルゼにアルドは説明を続ける。

       「これだけの高さ、どうやって建てたのか。

       我々にはこんなもの建てられません。せいぜいこの半分くらいが限度です」

       「砦が四階建てだろ?それと比べると…大体…」

       「三十階建てです。先日昇って確かめました」

       「…うそだろ…」

       さらりと言うアルドの言葉にキルゼは目を丸くする。そのアルドが外壁に右手を置き、振り返ってもう片方の手でキルゼを呼んだ。

       「ほら、触ってみてください」

       言われるままキルゼも壁に手を置いてみる。

       しばらく感触を確かめ、首をかしげてまた確かめる。

       「何だこの石は…」

       「わからないんです」

       コンコンと壁を叩きながら続ける。

       「こんな石はこの国どころかこの大陸でも採れません」

       一つ息をつく。

       「この高さにしてもそうですが、それを支える基部の大きさにしても我々の理解の範疇を超えています」

       「どれだけの時間をかければこんなのが出来るんだか」

       揃って嘆息する二人に突然、手から声がかかった。

       「どうして?」

       今更ながらに存在を知って驚く二人に構わず、先ほどからずっとそこにいたらしいライアは、彼には珍しくゆっくりと話し始めた。

       「どうして騎士団はここを使わなかったの?

       ここはとても便利なのに」

       「確かに。攻め難く守りやすい…いやなんと言うか・・・」

       「なんと言うか?」

       あごをなでつつ首を捻るキルゼにアルドが聞き返す。

       「造ったのは塔だけではない・・・ような・・・都合が良すぎて・・・」

       キルゼに言われ、アルドはあらためて周囲を見渡した。

       塔を囲むようにそびえ立つ絶壁、唯一の侵入路である正面の曲がりくねった上りの一本道・・・。

       敵は隊列を細長くせねばならず、必然的に一度に戦える人数は少数になる。

       道を塞ぎ退路を断っての兵糧攻めにしても、大きく絶壁で囲まれたその中には地下水が湧き出し、

       十分自給自足ができるくらいの土地がある。

       「誰かが山を刳り貫いて、中に塔を置いたみたい」

       ライアののんびりとしたその言葉は妙に真実味に溢れている。

       そう、都合が良すぎるのだ。この塔では鉄壁の守りも食料も水も、全てが手に入る。

       「騎士団がここを使わなかったのは、ここでは役目を果たせないからですよ」

       アルドが話を戻す。

       「私が敵ならこの塔は迷わず素通りするでしょう。道は一本道。そこだけ見張りながら進めばよいのですから」

       そう、ランディス騎士団という集団を守るだけならば、この塔は最高の条件を備えている。

       しかし国を守るためには全く適さない。

       高すぎるそれは遠くからでもその存在を知ることができ、

       さらには撃って出られる経路が一つしかないのも一目見ればすぐわかる。

       あとはアルドの言うとおり注意して素通りすればよい。

       「なるほど・・・」 

       ライアが頷き、いつもの沈黙を再開する。

       キルゼは塔を見上げて日の光に目を細めた。

       「よくもまぁこんなもんが残っててくれたよ」

       外敵から国を守るには適さないこの塔は、皮肉にも公王から民を守る戦いには最適だったのである。

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